ゲイリー・ムーア〜故郷アイルランドへの想いと盟友フィル・ライノットに捧げた別れの響き
僕はアイルランドで生まれ育ったんだ。その影響を生かして一つのアルバムを作りたかった。自分が今まで無意識のうちに受けてきた影響を前面に出して、これまでの僕のアルバムとはまったく違ったものを作り出したかった。 1987年、ゲイリー・ムーアは故郷アイルランドをテーマにした『Wild...
View Article山口冨士夫27歳〜村八分解散後、何かを求めて繰り返した自由な旅
稀代のロックアーティスト、山口冨士夫。 彼の名を日本のロック史に永遠に留めることになったのが1970年に結成され1973年に解散した伝説のロックバンド村八分だ。 村八分、ティアドロップスと、数多くのバンドでギターを弾きながら日本のロックカルチャーを作ってきた彼は27歳の頃にどんな日々を送っていたのだろう?...
View ArticleHARRY(ザ・ストリート・スライダース)27歳〜その音楽ルーツ、作曲スタイル、日本語で歌うことへのこだわり
HARRYこと村越弘明は、1980年代〜90年代の日本のロックシーンにおいて大きな足跡を残した伝説の4人組THE STREET SLIDERS(ザ・ストリート・スライダーズ)のヴォーカル&ギターであり、バンドにおいて大半の楽曲を作詞作曲した男だ。 彼は27歳の時に、ある意味バンドの黄金期とも言えるブレイクポイントを迎え、初の武道館公演“天国と地獄”を目前にしていた。 12inchシングル「Back...
View Articleキャロル・キングとジェリー・ゴフィン〜運命の糸に引き寄せられた二人の出会い
キャロル・キングとジェリー・ゴフィンと言えば… 夫婦として、そして作曲家・作詞家として「Will You Love Me Tomorrow」や「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」などの名曲を生み出し、その後も全米チャートに多くの作品を送り込んだ名コンビである。 キャロル・キングにとってジェリー・ゴフィンは初恋の人だったという。...
View Article沢田研二27歳〜海外進出、結婚、そしてキャリア最大のヒット曲
日本を代表する歌手、沢田研二。 彼はザ・タイガースでデビューした19歳から現在に至るまでの約50年間、毎年欠かすことなくレコーディングし、作品を発表し、ツアーを行ってきた。 この実績は、日本はおろか海外でも類を見ない偉業といえるだろう。 還暦を過ぎて“言いたいこと”を歌うスタイルをより濃く打ち出しながら現在もコンサートを中心とした活動を続けている。...
View Article萩原健一27歳〜ドラマや映画での大活躍を経て、新たに音楽活動を再開させた転換期
唯一無二の個性を持った俳優/シンガーとして愛されている男、萩原健一。 “ショーケン”の愛称で親しまれている彼は、16歳の頃に地元の埼玉県でスカウトされて、当時に人気グループだったザ・スパイダースの弟分的なバンドだったザ・テンプターズのボーカリストとしてデビューを果たす。 「神様お願い!」「エメラルドの伝説」などヒット曲を連発し、その個性的な歌声とカリスマ的な魅力を武器に人気を集めていた。...
View Articleロビー・ロバートソン27歳〜同い歳だったジャニス・ジョプリンの訃報を聞いた日
ロビー・ロバートソン。 ユダヤ人の父とインディアン母を持つ彼は、カナダで生まれたという。 1960年代に音楽仲間たちとロック歌手ロニー・ホーキンスのバックバンドで腕を磨き、その後レヴォン&ザ・ホークスを結成する。 1966年、彼らはボブ・ディランのワールドツアーでバックバンドを務めることとなる。 1968年に“ザ・バンド”と改名し、デビューアルバム『Music From Big...
View Articleスティーヴン・タイラー27歳〜酒とコカインに狂いながらロックスターへと躍進を遂げた日々
エアロスミスのフロントマンとして長年ロック界を牽引してきたスティーヴン・タイラー。 ロックスター然としたその風貌、そのイメージ通りに型破りな逸話に事欠かない人物として知られている彼は、27歳の頃どんな日々を送っていたのだろうか? ──1973年1月、エアロスミスは1stアルバム『Aerosmith(野獣生誕)』でデビューした。 収録曲の「Dream...
View Articleイギー・ポップ〜狂気と覚悟の27歳
♪「Search And Destroy」/イギー&ザ・ストゥージズ この曲は、とても危険な定義を唱えている。 影響力のあるアートを作りたいのなら、健全で理性的な生活を放棄することだ。 すべてに『NO!』と言い、ブチ壊さなければいけない。 レコーディングに入る前から、俺はキャリアの終わりを覚悟した。 『この曲は俺を葬るだろう』と…。 社会に批判されることは分かっていた。...
View Articleニーナ・シモン27歳〜一夜にして彼女をスター歌手にした伝説のコンサート、その後一変した生活
1959年9月12日、当時26歳だった彼女はニューヨークのTown Hallで初のホールコンサートを成功させる。 それまでクラブでの活動が中心だった彼女にとって、このステージは大きな転機となった。...
View Articleジョン・ベルーシとダン・エイクロイド〜旅と悲しみから生まれたブルース・ブラザースの絆
俺たちはそろそろ作られた道化はやめるべきだ。俺たち自身が楽しめてその役になりきれる。そんなことをやろうぜ、ダニー。俺はお前と一緒に何かやりたいんだ。何かこう最高にハッピーなれることを!...
View Articleコートニー・ラヴ27歳〜運命の愛、宿命の死
これを一緒に乗り越えて生きてくれたら あんたのために死んでもいいわ あたしとこれを乗り越えてくれたら あんたのために死ねると誓うわ ♪「Asking For It」/ホールfeat. カート・コバーン 1994年4月1日。 カート・コバーンは、妻のコートニー・ラヴに一本の電話をかけた。 「忘れないでくれ、これから何が起こっても俺はお前を愛している」...
View Articleジェフ・ベック27歳〜第2期ジェフ・ベック・グループの結成、R&B・ジャズ・ファンクなど幅広い音楽性を取り入れた秀作『Rough and Ready』
1969年11月2日、ジェフ・ベック(当時24歳)はカスタムメイドのT型フォードを運転中にロンドン南30マイルのメイドストーンで交通事故を起こし重傷を負い、3ヶ月の入院を余儀なくされる。 この出来事により、当時ヴァニラ・ファッジのティム・ボガート、カーマイン・アピス、そしてロッド・スチュワートと組もうとしていた新バンドの構想は白紙となってしまう。...
View Article一本の電話〜最後のレコーディング
「仕事をくれ、そうしないと死んでしまいそうだ…」 プロデューサーのリック・ルービンが握り直した受話器の向こうで、重くうちひしがれた声が聞こえた。 電話の主の最大の魅力でもある“低く艶のあるバリトンボイス”とは似て非なる渇いた声に、 リックはかける言葉も見つけられないまま頷くしかできなかった。 2003年5月15日、ジョニー・キャッシュの最愛の妻ジューン・カーター・キャッシュが天国に旅立った。...
View Articleビリー・ホリデイ27歳〜歌手としての成功、結婚、夫の浮気、そして麻薬に溺れて行く日々…
伝説のジャズシンガーとして名高いビリー・ホリデイ。 44年間の生涯の中で、約25年も歌い続けた彼女。 その音楽人生はけっして順風満帆なものではなかった。 キャリア初期には驚くほどハリがあった声も、多量のアルコール・麻薬摂取により、晩年は別人のように枯れてしまい…声量も失われていった。 彼女が麻薬に手を染め始めたのは二十代だったという。...
View Articleジョニー・キャッシュ〜“本物”を伝え続けた奇跡のTVショー
「俺はここ以外で、やらないよ」 ジョニー・キャッシュは自身の名前がつけられたTVショーの収録会場について話し合っている時、キー局のお偉方にそう言い放った。“ここ”とは、ナッシュビルのライマン公会堂。『グランド・オール・オプリー』の本拠地であり、“カントリー・ミュージックの聖地”と言ってもいい場所だった。 当時のキャッシュは、刑務所でのライブアルバム『At Folsom...
View Articleマール・ハガード〜死刑囚の心の風景を想って作った伝説の歌
正直言って、それは俺が人生で初めて見た太陽の光だった。ジョニーは俺たち囚人に、子供の頃に教えられた素朴な信仰心を思い出させてくれんたんだ マール・ハガードが初めてジョニー・キャッシュのステージを観たのは、サンフランシスコのサン・クエンティン刑務所の中。1958年の元日に行われた慰問行事でのことだった。...
View Articleジーン・シモンズ27歳〜KISSの成功、パティ・スミスの平手打ち、憧れのビートルズを追いかけて…
ジーン・シモンズ。 70年代に一世を風靡したハードロックバンドKISSのベーシスト兼ヴォーカリストとして活躍してきた“ロック界の怪人”だ。 1974年にデビューして以来、KISSの楽曲の作詞・作曲を多く担当し、コンサートにおいては火吹きや血を吐くパフォーマンスなど、演出面でも大きく貢献してきた才人としても知られている。...
View Articleロッド・スチュワート27歳〜True Blueに込めた自信と自嘲
1972年、ロッド・スチュワートはフェイセズに加入して3年目を迎えた。 1月10日生まれのロッドは、年明け早々に27歳になった。 当時、フェイセズは2ndアルバム『Long Player』のセールスを着実に上昇させながらアメリカツアーを終え、イギリスに戻ってきたばかりだった。 その頃のフェイセズの人気といえば、アメリカの2万席あるスタジアム公演が、ほんの数日間で売り切れるほどの人気だった。...
View Articleヒプノシス〜アルバムジャケットでROCKに革命を起こしたデザイン集団
僕たちはいつも自分たちに言い聞かせてきた。自分たちの作品は音楽そのものに匹敵するようなアートだって。音楽による聴覚的な経験と同じくらい、芸術的な価値のある視覚的な経験を創造することを常に考えてきたんだ。(ストーム・トーガソン)...
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