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血の故郷から学んだ抵抗の歌

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「俺の身体の中には、一滴たりともイングランドの血は流れてない」


かつてオアシスで弟のリアムとともに90年代のロックシーンを牽引してきたノエル・ギャラガーは、自身についてこう語っている。

2人が生まれ育ったのは、イギリス北西部に位置する工業都市マンチェスターだが、両親はともに移住してきたアイルランド人だった。

異国の地で子を授かった母親は、幼い子どもたちに「あなた達は紛れもなくイングランド人よ」と言い聞かせる。イングランド人として育てようとしたのは、子どもたちが差別を受けることを危惧してのことだった。

イギリスは長きに渡ってアイルランドを侵略、弾圧、差別してきたという負の歴史があり、未だにアイルランド人をよく思わない英国人もいるというのが現実だった。

しかしノエルの自我は、母の意思に反してアイルランド人として育っていく。

ノエルは地元のアイリッシュクラブに出演するバンドが歌っていた、アイリッシュ・レベルミュージック(抵抗の歌)に深く影響を受けたという。

「オアシスの曲を聴いてみんなが拳を突き上げるのは、俺が人々を奮い立たせる抵抗の歌に触れてきたからだろう。それにアイルランドと西洋音楽、これが俺の音楽のすべてだ」


1991年、ノエルは24歳のときに弟のリアムが組んでいたバンド「オアシス」にギタリスト&メイン・ソングライターとして加入すると、その3年後の1994年4月にシングル「Supersonic」でメジャー・デビューを果たす。

言いたいことがあるならどうやって伝えるか考えろ
明日が来る前にだ


同年の8月には3rdシングル「Live Forever」がUKチャート10位を記録し、オアシスは一気に頭角を現していく。勢いづくバンドは各地をツアーで回り、9月3日にはアイルランドの首都・ダブリンの地を踏んだ。ノエル、リアムの2人にとっては“血の故郷”でプレイする初めてのライブだった。

大熱狂のステージを終えて楽屋に戻ると、ギャラガー兄弟のもとには次から次へと人が挨拶に訪れ、楽屋前には数えきれないほどの長蛇の列ができて次々と紹介された。

「こちらはあなたの叔母さんのまたいとこです。そしてこっちは彼の犬。そしてこちらの方は、あなたが3歳の時に1度会ったことがあります」


彼らは皆ギャラガー兄弟の親戚や、その親族とつながりのある人々だった。ノエルは幼い頃に“言い聞かされた”母の言葉を思い出しながら、自分の身体に流れる血が何処から来たのかを改めて実感した。


(このコラムは2014年7月5日に公開されたものです)


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